大誤算
「・・・昨夜ルルーシュさまに呼び出されて?・・・ほうほう・・・大した用事はなかったのですね?それで貴方が帰ろうとしたら引き止められて・・・ええ〜ッ!?し、寝室に引っ張り込まれたぁ!?」
―――それって・・・それって・・・。
「・・・誘われた、と理解してよろしいのですか?・・・で、貴方は?まさかとは思いますが・・・その誘いに乗ってしまったのでは・・・ありませんよね?」
ジェレミアは何も答えず、俯いている。
それがどういうことなのか、理解できないヴィレッタではない。
驚きよりも呆れた顔で項垂れたジェレミアを見ている。
「あ、相手は男ですよ!?しかも貴方の主君なのでしょう?その主君に、いくら誘惑されたからと言って・・・そんなことをしていいはずがないでしょう!」
「し、しかし・・・あのお美しいルルーシュ様のあんな色気をモロに見せつけられてしまっては・・・」
―――・・・確かに、あの容姿で意識的にお色気攻撃をしかけられたら、女の私でもムラムラするものが・・・。はッ!い、いかん!!そんなことを考えている場合ではない!
「も、もしかして・・・最後までやっちゃいました?」
ゴクリとヴィレッタが生唾を呑んだ。
「そ・・・それが・・・それが・・・」
歯切れの悪いジェレミアは、めそめそと泣き出してしまった。
―――えぇいッ!男のクセに鬱陶しい!!いちいちめそめそするな〜ッ!!やったんかやってないのかはっきりしろ!!
「・・・どうなんですか?そのへんを詳しく伺わないと私の口からはなんとも言えませんが・・・」
「それが・・・」
その後に語られたジェレミアの言葉にヴィレッタはフリーズした。
―――ま、まさか・・・そんなことが・・・?
ジェレミアはテーブルに突っ伏して本気で泣いている。
―――・・・あ、貴方という人は・・・襲おうとして押し倒した相手に・・・逆に返されて犯されてしまうなんて・・・なんて、なんて、大マヌケな・・・方なんでしょう?・・・し、しかも思いっきり年下の、少年に・・・とは・・・。
「・・・で、ルルーシュさまは?」
「朝起きたらいなかった・・・」
「はぁ?」
―――もしかして・・・いや、もしかしなくても、・・・やり逃げ、されたのか〜ッ!?・・・なかなかやってくれるな、ルルーシュ!
これはもう笑うしかない。
前々から馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、そこまで大馬鹿者だとは思ってもいなかったヴィレッタは、つくづく嘗ての上官の悲運を哀れんでやった。
しかし、それもこれもジェレミアの自業自得と言えないこともない。
そもそも忠節を誓った主君を、いくら相手に誘われたからといって、襲っていいはずがない。
しかもルルーシュはどんなに綺麗な顔をしていても「男」なのである。
―――・・・わかっているのですか?貴方は・・・。
ヴィレッタは胸の内でそっと溜息を吐いて、大泣きするジェレミアを黙って見つめた。
慰めの言葉もかける気には到底なれない。
例え今ここで慰めてやったとしても、本気で大泣きしているジェレミアが、簡単に落ち着くとは考えられなかった。
泣くだけ泣かせていおて、少し落ち着いたところを見計らって言葉をかけるのが最善だと判断したヴィレッタは、一旦その場から離れ、ジェレミアをひとりにしてやった。
しばらくして、マグカップを手にヴィレッタが戻ってきた時には、ジェレミアは大分落ち着きを取り戻しているようだったが、それでもまだ涙は止まっていない。
ハンカチを取り出して、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったジェレミアの顔を、手馴れた手つきで拭いてやる。
これまでもこうしたことは何度かあったので別に気にすることもなく、ジェレミアは大人しくヴィレッタのされるがままになっていた。
まるで子供のようだと思いながら、ヴィレッタは微かに微笑んだ。
「ホットミルクですが、いかがですか?落ち着きますよ」
目の前に差し出されたマグカップを押し頂くようにして、ジェレミアはヴィレッタを見上げている。
まだ涙の残るその瞳に見つめられ、「ああそうか」とヴィレッタは心の中で納得した。
以前、まだブリタニア政庁にいた頃、ジェレミアを中心とした「純血派」の中にいたキューエルという男のことが頭に浮かんだ。
自分と同じジェレミアの部下だったキューエルは野心家だった。
いや、自分を含めて純血派のメンバー全てが野心を持って行動していたと言っても過言ではない。
そのキューエルが、一時期ジェレミアを落とそうと画策していたことがあったことを記憶している。
上官をものにしてその権力の座を狙っていたのか、それとも本気でジェレミアに好意を寄せていたのかは、彼が死んでしまった今となっては知る由もないのだが。
しかし、ジェレミアはそれにまったく気づいていなかった。無論今もそんなことがあったとは知ってもいないだろう。
死ぬ間際のキューエルはジェレミアに対して憎しみにも似た感情を持っていたフシさえ窺えたし、まさか憎まれていると思っていた相手に本当は好意を寄せられていたなどとは考えないのが普通だ。
だからジェレミアがそういったことに対して、特別鈍感なわけではないのだろう。
ジェレミアにとって部下はあくまでも部下であり、それ以上の存在にはなりえないのだ。
見た目も重要だが、ジェレミアはそれよりも中身を重視する。
自分より劣る人間には興味も示さない。
比較対象として、キューエルとルルーシュの違いはあまりにも大きすぎるが、それでも共通するものがあるような気がした。
それはジェレミアの無自覚な色気の所為なのではないかと、ヴィレッタは考える。
時々見せるジェレミアの無自覚な色気は女性のヴィレッタにすれば母性本能をくすぐられるし、男性から見れば庇護欲をそそられるものなのかもしれない。
キューエルもルルーシュも、ジェレミアの無自覚な色気に惑わされたのではないだろうか。
二人の決定的な違いは、ジェレミアの興味を惹くか惹かないかというところにある。
ルルーシュの場合、見た目の容姿は言うに及ばず、頭脳もずば抜けて優秀だ。
ジェレミアなど足元にも届かないほどに。
そんなことはジェレミアも充分に理解していることだろう。
だからジェレミアはルルーシュに惹かれるのだ。
そう結論付けて、ヴィレッタは心の中で溜息を吐いた。
―――心を奪われた挙句に身体まで奪われるとは・・・馬鹿さ加減にもほどがある。
目の前の嘗ての上官は、不安そうに自分を見つめている。
その表情があまりにも幼く見えて、ヴィレッタは母親のような柔らかい笑みを浮かべた。
「どうかしましたか?」
「お前は・・・私を軽蔑しているのだろう?」
「そんなことはありませんよ」
「では、哀れんでいるのか?」
拗ねた子供のような顔をしたジェレミアは、確かに庇護欲をそそられる。
「私は貴方を哀れんだりはしていません」
「・・・では、なぜお前はそんな顔をする?」
そう言ったジェレミアは多分気づいていないのだろう。
またしても頭を抱えて、髪を掻き毟りながら、「私は一体どうしたらいいのだ」と、答えを求めるように苦悩する。
「でしたら、忘れておしまいなさい」
「忘れる・・・?」
「そうです。飼い犬に手を噛まれたとでもお思いになれば良いではありませんか?」
実際はジェレミアの方がルルーシュの飼い犬なのだが、この際そんなことはどうでもいい。
ヴィレッタの言葉にしばらく首を傾げて思案したジェレミアは、「そ、そうだな・・・」と呟いて、自分の苦悩に踏ん切りをつけたようだった。
「いいですかジェレミア卿。今後ルルーシュさまに誘われても、絶対にその誘いに乗ってはいけませんよ?」
「・・・わ、わかっている」
「大丈夫ですか?絶対ですよ!」
「・・・ああ。・・・だが・・・」
「ジェレミア卿!」
「わ、わかっている。ルルーシュ様にお誘いされても絶対にお断りする!」
そう断言はさせてみたものの、ヴィレッタは不安だった。
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